はじめまして。私のホームページへご訪問ありがとうございます。
私のことを初めて知ってくださった方の為に、自己紹介をさせていただきたいと思います。
最後までお読みいただけますと嬉しいです。

山形の緑溢れる大地で育った18年間

1981年生まれ。山形県の自然豊かな大地で生まれ育ちました。

父、母、兄、祖父、祖母との6人家族。兄は6歳も年上なので、親が3人いるような感じです。
末っ子なのに一人っ子のような感じと言えばいいのでしょうか。(歳の離れた兄弟がいる人はきっとこの感覚わかりますよね?)
父、兄、祖父に甘やかされ、溺愛され、すくすくと育って今に至ります(笑)

同級生が60人しかいない超田舎なので、保育園から中学校までずっと同じメンバー。
高校も女子が行くならここ!という感じの高校に流れるがままに入ったので、15年ずっと毎日同じ学校に通い続けたコも本当に沢山います。
保育園から高校までずっと一緒の同級生がいて、高校は女子校で超厳しかったと話すと、エスカレーター式の学校に通うお嬢様かと勘違いされます(笑)
(ただ田舎なだけです。)

田舎にいる時は早く都会に出ることしか頭にありませんでした。
離れてみた今。住んでいる時は全く感じませんでしたが贅沢な環境で18歳まで育ててもらいました。

念願叶って東京デビュー

私が上京したのは高校を卒業してすぐです。
東京に行くことが決まった時は嬉しくしかたがありませんでした。

専門学校を卒業し、地元には戻らず東京で就職。
新卒で入社した会社は、激務に耐えれず、体を壊して手術が必要になったのでわずか半年で退職しました。
体も壊しましたが、その時は心の方が壊れていたと思います。何もしていない時でも気がつけば涙が流れていて、人の心はこうして壊れていくんだと冷静に感じていた自分がいます。

無事に退職し、その後転職を繰り返します。
約8年の間に、パソコンの教育関係の会社、IT系の会社、広告代理店で働きました。
間の繋ぎのバイトを入れたらもっと沢山ありますが(笑)

その時時代はリーマンショック。派遣社員として働いていた当時、ちょうど契約満了の時期がきました。
派遣切りに合うこともなく、3年満了までずっと雇ってくれた事に感謝。ただ、次の新しい仕事は同じような内容でも時給が下がります。
そこで私は思い切った決断をしたのです。

沖縄県の石垣島に移住して過ごした3年間

派遣の契約はちょうど満了。住んでいたマンションもちょうど更新。
この2つが重なった時に、「私、東京にいる意味あるかな?」と思ったんですよね。
季節はちょうど夏!そうだ!沖縄に行こう!(笑)
そんな軽いノリで、マンションを解約し、荷物をトランクルームに詰め込んで石垣島へと飛び立ちました。
「景気が回復したら東京に戻ってくればいっか!」と思いながら(笑)

ほんの2ヶ月のリゾートバイトのつもりで行った石垣島はとても居心地がよく、気がつけば約3年間も住んでいました。

私が石垣島で出会ったみんなに教えてもらった事は、「みんな違う考え方でいい」って事。それでいて、お互いを尊重しながら一緒にいようって事。

こうして石垣島は私の第2の故郷となりました。

リターン・トゥ・東京

ぬくぬくノビノビと石垣島で過ごしていた私が東京に戻ったのは、そろそろ現実の世界に戻らなくちゃと思ったから(笑)
それと、その時にデザインを学びたいなと思ったんですよね。東京に戻って半年間デザイン学校に通いました。

その時住んでいたのはボロボロの壁の薄い木造アパート。今の時代の東京で家賃4万5千円ですよ!?ビックリですよね(笑)優しい友人に支えてもらい、mixiのお譲りしますコミュで家具家電を譲ってもらいながら新しい生活をスタートさせました。当時は生き抜く為に必死でしたが、人の優しさを感じながら生きていたので、貧乏生活もそれはそれで楽しかったし幸せでした。
ま、もう1度戻りたいかと聞かれたら嫌ですが(笑)

デザイン学校を卒業し、しばらくアルバイトで生計を立てながらフラフラする事約半年。
さすがにきちんと働こうと決意し、大手のweb系の会社で派遣社員として働きました。
派遣社員の扱われ方は派遣先の会社によって全然違うと思うのですが、私が働かせてもらっていた会社は仕事の量はテンコ盛り。こんな重大任務!?と思うような仕事も任せていただける事が多かったのです。
正社員の方に守っていただきながら、楽しい仕事をノビノビとさせていただけたので、とても良い経験をさせていただいたなと感謝しています。

そんな悠々自適な派遣社員LIFEを過ごしていた私ですが、あるひらめきにより最後の転職を決意したのです。

起業を意識して最後の転職先に選んだ会社は!?

大手のweb会社で働き始めてもうすぐ2年が経つ頃、事業長が変わって私の仕事は超暇になりました。それをきっかけに転職を考えるようになったのです。

求人票を見ても、チェックするのは、会社規模、給料、福利厚生と条件ばかり。そんな自分の事を心底嫌になったのを覚えています。

派遣社員で働いていたのは、好きな時に休みがとれるから。
この先何十年も同じ会社で働かなくちゃいけない。この先何十年も一緒にいる人だから同僚とも仲良くしなくちゃいけない。正社員で働いていた時は束縛されてる気持ちでいっぱいで窮屈でした。
なので、私は自分で好きで派遣社員という働き方を選んでいました。
正社員という名の奴隷には2度となりたくないと思っていたのです。

でも、ちょっと待って。私が実現したい、”好きな時に休みがとれて旅行に行ける生活”って、自分で起業すればいいんじゃない!?そう気がついたのです。

そう閃いてからの私の行動は早かったです!!
大手の会社で学ばせていただいた事はとても良い経験となりましたが、部分的に関わる仕事ではなく、会社として全ての仕事の流れを直接自分の手で経験してみたかったのです。
今まで大手の会社でばかり働いていたので、自分の目指す企業規模の会社を選んで、正社員として最後の転職をしました。もちろん最初から1年で辞めるつもりでの入社です。

修行の1年のはずが、4ヶ月で急遽独立へ

まぁまぁまぁ!!本当にびっくりですよー!!世の中にこんなひどい会社があるのかと!!
私、web企画室に配属されたはずだったのに、倉庫で力仕事してました。力仕事が終わった後に本職のweb企画の業務。どうでもいい事で怒鳴られながら。

でもね、体は正直であっという間に限界がきました。
ストレスからくる十二指腸潰瘍で人生初の救急車。真夜中のトイレで血を吐きながら朦朧とする意識の中で、自分で救急車を呼んだ時の寂しさは忘れません。

転職したばかりなのに、1ヶ月の休職。復職の日を目前とし、「時よ止まれ」と願いながらも時は止まらず(笑)
久しぶりに会社に行って挨拶廻りをしてた時に衝撃の一言を当時の部長に言われました。「本当に迷惑でした」と。
こんな最低な人間が本当にいるんだなと思いながらも、私はまだ愛想笑いをしていました。

この最後の会社は本当にネタだらけで(笑)
給料日当日に「今月の給料は払えません」とメールが届いたり。

「他の人には内緒だけど、櫻井にだけはちゃんと給料払うからさ。会社残ってよ〜。」と言われましたが、私の口から出てきたのは「もういいです。」
もういいです。もう本当にいいですから。それ以外に出てくる言葉なんてありませんでした。

こうして、1年の修行のつもりで入った会社を4ヶ月で退職し、長年の雇われ生活に終止符を打ったのでした。

起業して2年の山あり谷あり

ここまで随分長いくだりを読んでくださってありがとうございます。
私の人生はジェットコースターのように急スピードで、山があって、谷がやってきて、また山がくる。すごいね。でもすごく楽しそう。そのように言われる事が多いです。
確かに(笑)大変そうに見えるかもしれませんが本人はすごく楽しいですよ。

会社を辞めて起業し、最初に商品にしたものはアメブロのヘッダー制作8,000円でした。初月の売上はいくらだったかな?あまりはっきりと覚えていませんが15万円くらいだったと思います。
そんな超貧困だった当時、少ない収入の中から生活費を払い、なんとかかき集めて作った7万円で起業入門コースというものに申し込みました。当時の私にとって7万円は大大大出費でしたが、そこで初めて自分の未来の為に投資をする経験をして本当に良かったと思っています。

「今月も無事に家賃を払えて本当に良かった。」起業して数ヶ月は月末になると心底そう思っていました。

2年前、”値段が安い”をウリにして8,000円でアメブロのヘッダー制作をしていた私が、今は、ブログの集客のアカデミーを開講し、日本全国はもちろん海外からもお客様が来てくださっています。
激安をウリにしていた間違いだらけのスタートでしたが、今はブランディングについてもお伝えさせていただいています。

それもこれも、お客様の需要を理解し、ライバルの事を理解し、自分の事をどう見せていけばいいのかを徹底的に追求したからです。
もちろん追求するだけでは、森の中にお城を建てて一人で磨き続けるようなものなので、きちんと必要なお客様に辿り着いていただけるように動線作りをしながらです。

私がこんなにwebに興味を持ったのは、超田舎の狭い世界で育ったからです。子供の頃から広い世界に出たいという願望が人一倍あったのです。小学生の頃は都会の事を知りたくて、子供向け雑誌の文通コーナーで知り合った東京に住む女の子と文通をし、手紙を通して東京の風を感じていました。
今はインターネットさえ繋がっていれば、全世界の人と友達になる事ができると思っています。そして、その考え方を多くの人に伝えていきたいと思っています。

私がブログを始めたのは、生まれた土地や、住んでいる土地など環境を理由に、自分のやりたい事を諦めなくていいんだよと伝えていきたいからです。
山形の同級生にも、石垣島に住むみんなにも、自分の好きなことを仕事にし経済的にも豊かになって欲しいと思った事がきっかけです。

ブログには無限の可能性があります。
私はなりたい自分になれる人を増やしたいという気持ちで、これからもブログの可能性を多くの人に伝えていきたいなと思っています。

櫻井 圭子



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